ある日のモーツァルト
今日まで伝わっている作曲家の人生は、それぞれにドラマがある。普通の生活を送った人にだってドラマがあるんだから、それは普通だろとも思うけども、それでも映画なり、エピソードを読んだりすると面白い。
なんで、そんなことを書いたかといえば、今、モーツァルトのレクイエム(リヒター指揮)を聴いているからで。ライナーノーツには、「1791年7月のある日のこと、“魔笛”を作曲中のモーツァルトは、“灰色の服を着て異様な風采”をした未知の男の来訪をうけた」と書いてある。7月のどんな日かは書いてない。晴れてたか、雨だったか。それ以前に昼間なのか、夜なのか。しかし、この一文を読むだけで空想は勝手に広がっていく。映画アマデウスの影響もあるだろうけども。以下、空想。
ビリヤードが好きだったモーツァルトはビリヤード台の上で作曲を行っていた。ウィーンの安ワインを飲みつつだったが、味を楽しむよりは、酔いに任せて筆を走らせるためにがぶ飲みしていた。
モーツァルトは焦っていた。自分の曲がなぜ、お偉方に理解されないのか。こんな名作ぞろいなのに。こうなりゃ、大衆にまず理解させて、暴動でも起こして、立場を逆転させてやろうか。つうか、ちょっと飲みすぎたか。気持ち悪く…。目もくらくらしてきた。ロウソクの火が揺れてやがる。止まれよ。つうか、誰かがドア叩いてる。借金取りか。やばいな。まだ、金の用意が出来てない。黙っていれば、そのうち帰るだろ…。
30分後。まだドアを叩く音が部屋に響く。
まだ、帰らないのかよ。いい加減にしてくれよ。普通、諦めるだろ。しょうがない。開けてやるか。酒臭いけど、お前のせいだからな。
なぜ、男は帰らなかったか。手紙を渡さずに帰れば、主人に怒られるし、何より報酬が手に入らない。この男だって金に困っていた。この金を受け取らなければ、明日にも怖いお兄さんたちが部屋に押し寄せてくることが分かっていた。それにモーツァルトが部屋にいることも、事前の調査で知っていた。自分の仕事は手紙を渡すこと。それだけで、とりあえずの生活はできる。必死だった。
そんなことは知らずモーツァルトはドアを開ける。安ワインですでに頭はくらくらし、焦点は定まらない。そんな状況で見えてくるのは、つぎはぎだらけで、薄汚れて、シミがまだら模様を作る灰カムリのような男。ようは、薄汚かっただけだが、部屋の暗さとで、”灰色を着て異様な風采”な男に見えた。しかし、男の方にしても、安ワインで飲んだくれ、目が血走っているようなモーツァルトだって同じようなものだったに違いない。お互いに似たような感想をもったが、それは口に出さない。モーツァルトの頭の中では夜の女王のアリアが響き渡り、割れるような痛さになっていた。男は、酒臭さにたまらず、さっさと仕事を仕上げようと手紙を無理やり、渡して部屋の前から走っていった。建物を出ると吐いた。
一方、モーツァルトは手紙を読んだ。レクイエムの依頼だった。依頼主は分からない。しかし、男の異様さから重要なものと思い込んだ。
男は依頼主から金の入った袋を受け取り、数枚をポケットに入れ、借金取りの家に行き、渡した。まだ借金は残っているが、少なくとも家を立ち退く必要はなくなった。ポケットに入れておいた金で久々の酒を楽しんだ。
モーツァルトは、手紙を何度も読み返した。自分にレクイエムを作曲しろだと。このクソ忙しい時に。つうか、あいつはなんなんだ。気持ち悪い服装で。こっちまで気持ち悪くなってきた。ワインをまたがぶ飲みする。だんだん腹が立ってきた。とりあえずは魔笛にとりかかる。気がつくと、ザラストロと冬の女王の立場が逆転していた。冬の女王のアリアで頭がいたくなった腹いせだった。
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