カテゴリー「演奏会感想記」の記事

2008年9月17日 (水)

N響の定期に行ってきた

 去る9月14日。三連休の半ば。僕は、NHkホールにいた。
振り返れば、全然、プロオケの音を聴いていないことに
気がつき、そろそろ行かなきゃと思っていたときのこと。
N響のホームページを見たら、マーラー5番をやると記載
されていたため、当日券狙いで行ってきた。

 いつごろから始めたのかは、知らないけども、演奏が
始まる前に、団員による室内楽演奏を楽しめる。
今回は、ヴァイオリンとオーボエとハープ。
上品な楽器が勢ぞろい。ベルリオーズのオラトリオ
「キリストの幼時」からトリオとドップラーの「アンダンテと
ロンド」。ヴァイオリンのあでやか音とオーボエのつややかな
音。それらの周りを時に持ち上げ、時に包み込むような
ハープ。皆がしっとりとひとつの音楽を作り上げていた。
司会の方(!)がいうには、なんでも、ドップラーの曲は、
本来はフルート2本とハープで演奏するものらしい。
が、二人は編曲することなく、フルートの楽譜でやっているとのこと。
それにしても、オーボエからヴァイオリンへの音の移り方なんて、
見事なもので、気がつけば変わっていた。
音質ではなく、目指しているものが同じだから(?)と、
自分の耳が悪いせいだなんて思いたくない。

また、この日は、先日亡くなったホルスト・シュタインへの
追悼の意味を込めて、演奏前に弦楽で、バッハの組曲から
「アリア」が演奏された。
バッハの音楽は、低音でがっちりと固めてというイメージが
あるけども、低弦のピッツと上から降りてくるヴァイオリンのメロディ
からは、それだけではなく、何か超越しているようにも思えてくる。
それが何なのかは、まだ分からない。

 で、やっとプログラムが始まる。
今回は二曲プロ。前半はデニソフ/絵画、後半がお待ちかね
マーラー。

 前半の曲は、僕にはもう、まるでさっぱり。
1970年に作られたらしいけども、いわゆるこれがセリーって
やつなのか。解説によれば…解説が良く分からない。
なんでも作曲家デニソフはシベリア西部のトムスク生まれ。
1920年にうまれて96年になくなった、時代的に波乱万丈な
人生だったのだろうか。
ショスタコに楽譜を送って、助言を受けて、作曲家を志す。
1960年代に12音技法が注目されると、ウェーンベルンや
ベルクに教わった人に教わる…。
とりあえず、いろいろと勉強された人らしい。
結局、平均律をぶっこわしてしまった12音技法で、作曲すると
そこには調性がなくなるから、メロディがうまれるわけもなく、
ザワザワ(42声部にまで分けてる)して、金管や打楽器が
ドカンと打ち消して、また残り火のようにザワザワして…終わり。

そもそも12音技法ってなんだっけ?
ここに書いたのはあまりに誤解・無知が混ざっている。

で、マーラーです。
トランペットの出だしがやってしまっていたけども、
それだけではなく、他の楽器もやってしまっていた。
それぞれが楽譜にかじり過ぎじゃなかろうか。
前日もやってたんじゃなかったっけと思ったけども、
実際にかじりついてしまい、皆がそれぞれの
マーラーを思う存分だしていた。
こんな時は指揮者は人間メトロノームと化す。
マーラーが聴けるからと、
前日からバーンスタイン、ショルティ、バルビローリ、
シノーポリと持っているCD全てを聴いてから
臨んでしまったのが間違いだった。
ちょっと残念。

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2008年2月17日 (日)

演奏会の感想記

 今日は久々にアマチュアの生演奏を聴いた。
傷は多々あったけど、アマチュアらしい時として、
プロ以上の熱のこもった演奏だった。心打たれやすい演奏。
そういうところが、あるからアマチュアの演奏会もバカにすることが出来ない。
早稲田大学交響楽団
第183回定期演奏会
J.S.バッハ=シェーンベルク 前奏曲とフーガ 変ホ長調より前奏曲
ブラームス 交響曲第3番
ワーグナー 歌劇「ローエングリン」より抜粋
         第3幕への前奏曲
           婚礼の合唱
         第2幕より終曲
ワーグナー 歌劇「神々の黄昏」より抜粋
          序奏
          葬送音楽
          終曲

 今回のプログラムは王道を行くもの。バッハは、
シェーンベルクが編曲した「前奏曲とフーガ」。まぁ、難しい曲だよねぇ
と言ってしまいたくなるような曲。正直、意味がわからない
まま、終わってしまった。バッハのこういった音楽は、
メロディラインが消されてしまうと崩壊の一途を辿ってしまうとても怖い曲。
そのカタストロフが目の前まで来ているように聴こえてしまい、
びくびくだった。
ただ、そういう状況になっているのに、指揮者が、
平然と変わりなくしているのが、気になる。
「あなたの学生が道を間違えようとしているよ、
ちょっとは、交通整理しなさいよ」と声をかけたくなる…違うな、どなりつけたくなる。
ブラームスは交響曲第3番。オーケストラの方々は、
弾きなれているのか、バッハ=シェーンブルクよりも全然
安心して聴いていられる。弦楽器なんて特にまとまって
いた。ただ、まとまりが過ぎていて表情に欠けているのが
残念。ピアノもフォルテも似たようなものだったと簡単に
言うとそうなる。まぁ、これで表情があったら普通に
プロオケの演奏に近いものが生まれていたのかもしれない。
オーケストラの下克上に立ち会いたいと思うときがあるけど
も、今回はお預け。次に期待です。
最後のワーグナー。これは、もう、各個人の技量以上に、
指揮者の解釈、演出で全てが決まってしまうと思う。
「ローエングリン」はともかく「神々の黄昏」は、内容的に
もそうだが、あそこまであっさりなのだろうか。今まで
CDでしか聴いたことなく、オペラその物をまだ見たことがないから
なんともいえない(言いたくはない)けど、もっとドロドロとしたものがあっても
いいのでは。それがワグナーのオペラだと思うのだけど。
具体的にいえば、「間」をもっと活用して、抑えるところは抑える、
爆発させるところは爆発させる。
そして、なにより歌いこませる。
オペラでは歌が、管弦楽を補うかもしれない。
だから管弦楽のみで演奏する場合、管弦楽は、聴衆の耳に
歌を届けなくてはいけない。
これはブラームスにもいえること。強く響かせるところを
さらっと流されては、ちょっと寂しい。指揮者の解釈なの
かもしれないし、詳しいことはわからないけど。
それにしても意欲的なプログラムはやはり早稲田らしい。
ただ、それを昇華、消化できる内容かといえばどうだろう。
僕が聴いていて一番、うれしかったのは、葬送音楽の出来が
すばらしかったことだ。もちろん、完璧な形ではないにしろ、
ひとつの終着へ向かう姿勢がここでは見ることができた。
弾きなれているとか楽譜にかじりつくといった形ではなく、
確実に自分たちの音楽を作り上げようという姿勢が僕には
見えた。アマチュアニズムに徹した泥臭さがとても
印象的だった。やはりワセ・オケ、今後も楽しみです。

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2007年7月21日 (土)

演奏会報告3日目

ドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団
パーヴォ・ヤルヴィ指揮

オールベートーベンプログラム
「コリオラン」序曲
交響曲第4番
交響曲第7番

 前回の東京から、横浜に移動した初日。昨年、話題を
博したというみなとみらいホールで今年も行われた。こ
れまでの疲れた蓄積されてきたのか、コリオランや交響
曲第4番では、ちょっと?なところも正直あった。でも、
集中力の高さがそれをカバーし、結局、またこっちは口
をアングリ開けて聴いていた。

 オペラシティで行われた演奏会の後、パーヴォ・ヤル
ヴィのサイン会があったが、そのとき、一人のお客さん
が「ベーレンライター版のスコア持っています」といっ
たところ、彼は「そのスコアが一番いい」と答えていた。
英語で会話していたため、イマイチ聞き取れなかったけ
ども、そんな感じだった。で、最近発売されたこのコン
ビのCDにも書かれているけども、彼らは、ベーレンラ
イター版で演奏する。とは、いっても、そこから始める
といったほうがいいかもしれない。装飾音符の処理や、
クレッシェンド、デクレッシェンドのつけ方など、ベー
レンライターに書かれているものだけではないからだ。

 新しい解釈がそこにはある、というようなことをプロ
グラムに書かれていたけども、確かに新しい。CDでは聴
けないアクセントや音のふくらみもあった。解釈とは、
指揮者がどう演奏したいか、オケがそれをどう聴き手に
伝えるか。ヤルヴィの場合は、なんどもここに書いてい
るけど、切れ味や、急激なクレッシェンドを前面に押し
出し、爽快感を作り出す。聴き終わった後、新しい発見
もそこに添える。一例を出そう。

 交響曲第7番は、全てアタッカでやった。この交響曲
の一番の特徴は、リズム。運命や田園などでは、開けな
かった世界をそこに作った。これと全てアタッカでやっ
たのと、どう関係があるかといえば、各楽章とのリズム
のつながりがより明確になる。もちろん、他にも調性の
関連があるのだろうけど、ここでは言及しない。てか、
そこまでの専門知識がない。また、このようにすること
で、1楽章と4楽章でのオスティナートの関連性が分か
りやすくなるといったら、深読みか勘違いだろうか。

 今回、一連の演奏会に行って一番感じたことは、ヤル
ヴィの持つ解釈の面白さだった。CDだけでは分からない
遊びやオケ自体の目配せも見ることができた。ここで、
何を聴かせてくれるのか、先が読めない楽しさにやられ
た。その点、協奏曲は、オケとソリストの関係がそこま
でしっくりいってないようにも聴こえてしまい、個人的
には管弦楽曲が一番楽しめた。

 今日も演奏会があるけど、もうそこに行ける財力がな
い。ゼニコよ、ゼニコ降ってこい。By吉行淳之介。つう
か、また聴きたい。

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2007年7月18日 (水)

演奏会報告2日目

ドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団
パーヴォ・ヤルヴィ指揮

オールベートーヴェンプログラム
ピアノ協奏曲第2番
交響曲第8番
ピアノ協奏曲第5番
ソリスト:仲道郁代

 昨日に続いて、今日も彼らの演奏会に行ってた。
場所は、紀尾井ホール。昨日のオペラシティと違って、
室内楽用のホールのため、奏者たちがグッと近くなる。
室内が全て木目調で統一されていて、頭の上にはシャ
ンデリア。他のホールとは違った贅沢さが味わえて個
人的には一番好きなホールだ。

 さて、早速演奏について。今回の白眉は、なんとい
っても交響曲第8番。正直、他の2曲のピアノ協奏曲
が薄れてしまったように感じてしまう。あの迫力、切
れ味、ドライブ感。どれもが、彼らの持つ特徴を前面
に押し出され、CDなどのオーディオでは、感じられな
いライブ感がそこにはあった。

 指揮者とオーケストラの間にある信頼感がそういっ
た空気を作り上げている。曲の演奏中、その空気があ
まりに張り詰めていて、窒息しそうなくらい。でも、
それを快感と感じさせるものがあった。

 オーケストラがうまいかどうかを判断するのに、手
っ取り早いのが、ベースの上で音楽が作られているか
どうか。張り詰めた空気感は、その延長上にある。そ
の点、彼らの演奏は申し分ないし、正直、興奮した。
昨日の演奏よりも、うまくできていた。昨日、メロデ
ィが埋もれてしまっていると指摘したが、今回はそん
なことが全くない。むしろ、聴こえてくる音の数が昨
日よりも多く、発見をいろいろとしてきた。メロディ
の中にほのかに聴こえてくるキザミ。裏で音を伸ばし
ている木管やホルン。アクセント的に入り、音楽を引
き締めるトランペットやティンパニ。どれもが、仕事
をしていた。

 昨日も書いたけども、彼らの演奏は、古楽器の奏法
を取り入れた古典奏法。とはいえ、力の入れ方は、モ
ダン奏法以上。ぎしぎしと弦楽器から聴こえてくるの
が、逆に迫力を増す。ヤルヴィのテンポは、相変わら
ず速めでとっているが、速いだけではなく、きちんと
聴かせるようになっているのが、やはり職人技だった。
特にピアノからフォルテへ、行くときのピアノ。これ
でもかというくらいの小ささ。フォルテとフォルテシ
モ、スフォルツァンド全てに意味があります(実際
そうだけど)と改めて思うくらい違いが分かる。

 よく、指揮者をシェフに例えるけども、まさに言い
得て妙だ。シェフの腕から作られる音楽は、パンチが
聴いていて素材のうまさを存分に味わいさせてくれる。
例えるならシェフがよく切れるナイフで、ハムとかを
うすぅく切るようなもの。高価なのものであればある
ほど、それは、薄くてもハム本来の味がある。このオ
ーケストラと指揮者の信頼感はそういったもののよう
に感じた。

 ピアノ協奏曲に関しては、僕はあまり口にしたくな
い。正直、思っていたものではなかった。それだけ、
ベト8がすごかったのかなぁ…。仲道郁代の演奏を楽
しみにしていたところもあったのだけど。残念。

 次回は、横浜でのベト4・ベト7です。
彼らの演奏会は、他に一日か二日あるけども、
自分が行くのは、これが最後なんで。
あのベト8の集中力のまま、ベト4・ベト7に突っ込んで欲しいです。
この二曲はスコアをもっているので、詳しく書くつもり。
乞うご期待。

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2007年7月16日 (月)

演奏会報告

Operacity_entrance_1ドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団
パーヴォ・ヤルヴィ指揮

オールベートーヴェンプログラム
バレエ音楽「プロメテウスの創造物」序曲
バイオリン協奏曲
交響曲第3番「英雄」
ソリスト:諏訪内晶子

東京オペラシティ

 このブログで何回か取り上げているこのコンビ。演
奏会にやっと行けました。昨年に続き、今年もオール
ベートーベンのプログラムを引っさげている彼らです
が、別に手抜きというのではなく、「ベートーベン・プOperacity
ロジェクト」なるものがあるから。このプロジェクト
は、解説を読んでもイマイチなところは、あるけども、
僕が読み取ったところでは、プログラムの中核にベー
トーベンを置き、彼から出発していった音楽や彼が影
響を受けた音楽を彼のフィルターを通して見ていこう
というもの…違うかな。
 そんなわけで、日本を皮切りとしたワールドツアー
の初日に行ってきました。曲は、最初に挙げたとおり。
思ったもの以上のもの、思ったよりは?なもの、
いろいろとありましたが、ご報告します。
画像は、ドラマとかでも使われる階段。

 「プロメテウス」から。正直、興奮してしまって、
これといってうろ覚えなんですけども、統率感や緊張
感は一番あったのではないでしょうか。周りの人たち
が踊りだせば、僕も一緒に踊ってたと思います。

 ごめんなさい、次いきます。「バイオリン協奏曲」
す。ソリストの諏訪内晶子の演奏を生で聴くのは今回
が初めて。この曲はハイフェッツの演奏ぐらいしかCD
でもちゃんと聴いていないため、というか、苦手な部
類に入るため、かなり頑張りました。彼女の演奏は、
ハイフェッツの録音ほどではないのですが、音の艶っ
ぽさと乾いた音質が、見事でした。ドイツ・カンマー
フィルは、古典奏法を主体にしているオケですが、彼
女の演奏は、ロマン派奏法の部類。ビヴラートをかけ
まくり、レガートを多用。しかし、これが二楽章のカ
ンタービレで泣けてくるのです。正直、ドイツ・カン
マーフィルの奏法は、古典奏法といえど、そこまで徹
底しておらず、ロマン派奏法との良いとこ取りをして
いる印象でしたけども、それにうまくあっているので
す。ヤルヴィの指揮は、叙情をなるべく排除した、い
わばトスカニーニの流れを汲むものと思われるのです
が、それでも、歌わせるときは歌わせる。そこに彼女
の演奏が乗ってくるとどうなるか。メリハリがついて、
より歌が気持ちよく聴こえてくるのです。

 で、最後に「英雄」です。1楽章の最初の方から、ク
ラリネットにベルアップをさせていたのにはびっくり
でしたけども、テンポが速い上、緊張感を作るのがと
てもうまく、心地よい疲れを感じさせてくれました。
途中、各楽器のバランスが?なところがあったけど、
そういったのもライブならではなんて、ポジティブな
考えを持たせる彼らは一体何者!? みたいな…。今回、
一番印象に残ったのが、2楽章のオーボエ。ご存知、2
楽章は葬送行進曲。その物悲しいメロディを奏でるの
は、ノンビヴラートでなくてはいけません。かけない
ことで、より葬送感が増してくる。その後、転調して、
長調っぽいところ(スコアが手元にないため調がわか
らず)、で初めてビヴラートをかけてくるところなんか
は、ぐっときました。

 CDで聴くのとテンポは変わらないけども、CDより
も、はっきりと聴こえてくるヴァイオリンやヴィオラ
のキザミの音は、お見事でした。他がどんなに美しい
メロディを聴かせてもキザミを入れることで、厳格な
構成ができ、それがベートーベンらしさなんて、耳に
したことがありますが、それを堪能できた演奏会とい
えます。

 しかし、やはりバランスに難がある。これは、編成
の問題があって仕方ないのかもしれけないけども、メ
ロディが埋もれてしまっていたように聴こえたのが何
よりも残念。明日に期待です。
 そんなわけで、明日のレポートをお楽しみに。

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2006年12月13日 (水)

独白その2

 昨日の独白を、休憩とすれば、今回も休憩になるかもしれません。実は、今日は演奏会に行ってきました。ウィーン・サロンオーケストラという室内オケです。1stヴァイオリンが3人、セカンドが2人。ヴィオラ、チェロ、コントラバス、フルート、クラリネット、ホルン、トランペット、パーカッションが1人ずつというかなり小編成のオケです。プログラムによれば、「ウィーンフィル、ウィーン・フォルクスオーパー、グラーツ交響楽団など、オーストリア名門オーケストラのメンバーにより、サロン音楽を演奏するために集まったドリーム・チーム」ありました。

 会社の先輩が合唱団で共演するというので、チケットを安く融通してくれ、二回の前から3列目という、かなりいい席に座ることができたのです(一般的に一番高い席です。紀尾井ホールではどうか。?マークがつきましたが)。というのも、弦楽器ががんばっているのか、管楽器&打楽器が頑張っているのかなんともいえないけども、アンサンブルがうまく届いてこなかったというのが正直なところ。例えば、L・アンダーソンの「そりすべり」というこの時期、いろんなところで耳にする曲が、ほとんどヴァイオリンと打楽器しか耳に出来ず。まぁ、耳が悪いといわれてしまえば、しょうがない。しかもそうだったんだから、再びしょうがない。アンダーソンの特徴、というより僕が聴きたいアンダーソンは、ジャズをクラシックにアレンジしたもの。今、流行のガーシュインとは正反対の作曲家と意識しているのですが、ジャズの味がしなかったのが残念だったなと。もちろん、相手はウィーンですから、上品だったのは言わずもがなですが。

 それにしても、クラシック入門編として、アンダーソンが挙げられていますが、厳密にいえばアンダーソンはクラシックと言いかねます。僕なりの意見をここで挙げさせてもらえば、和音(コード)の使い方が、ポップス的。別の言い方で言えば、和音(コード)が意外な方向とかではなく、そうくるよね、ぐらいで終わってしまう。いつかも、ここで書いたと思うけど、クラシック音楽はゲームです。和音や構造といった構えてしまうような用語を使いまくるゲーム。ルールは、それらを知っていなければいけないというものです。聴く側も知っているという前提で作られています。だからこそ、ブラームスは知り合いの医者とかと、音楽の話が出来たわけです。しかもそれを取り入れているらしいから、心が広いというか、医者の知識がかなりあったというか。まぁ、そんなわけで、アンダーソンの和音の進行(コード進行)もそれに似ている。もちろん、和音の段階では分かってもあんな楽しげなメロディは作れません。とは、いいつつ、親しめる曲であることは確か。以前、GAPのCMでも使われていたし、いわゆるジャジーなムード音楽といえるかもしれません。というよりも、一度は耳にしたことがある人が多いでしょう。

 で、また話が横道にずれてますが、結局、今回の演奏会で得たもの。それは、ウィンナ・ワルツってのは、ローカルなもので、たまにしか聴くことないけど、いいな、というなんとも無責任なものでした。もちろん、合唱の面白さも知りましたけど。いや、持ち上げているわけではないです。はい。

 ウィンナワルツというのは、バレエなどでよく目に、耳にする白鳥の湖などのワルツとはまた違います。最初のテンポはかな~りゆったり、1拍目と2目の間を短く、2拍目を強めにとかやたら細かいのがありますが(違ったかな、なんか自信がなくなってきた)、本場を知りたいという方がいらっしゃったら、年明けに毎年NHKで放送されるウィーンのニューイヤーコンサートを見てください。あれが、基本です。どんなに指揮者がわめいても、自分たちの伝統は自分たちで守るという使命感にかられている人々(それがウィーンフィル)たちの演奏です。クラシック音楽がヨーロッパの伝統音楽というのを再認識する日でもあります。ま、誇りを持って演奏されるので(しないと聴いている地元民からブーイングを食らう羽目になる)、参考になることは間違いなしです。踊りの曲ですから、こんな感じで踊るのだろうなと勝手にイメージ(それこそ王子様と王女様が踊るのですっ!)して聴くのも正月早々の楽しみではないでしょうか。

 もう、終わりが見えなくなってしまったので、今日はこれくらいに。おかしいなぁ、電車の中でまとめてたはずなのに。

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