映画を見てきました
知り合いに誘われて両国に行ってきた。国技館にて映画SAYURIのワールドプレミアム試写会に参加したわけだけども、正直、不満の残るものだった。映画の内容よりも試写会そのものについてである。まぁ、試写会というもの自体に今まで縁がなかったため、そんなもんだよと言われてしまえばそれまでなのだが。。
時間が遅くなる連絡を一つもせず、30分以上も待たせ、著作権がどうたらこうたらと役者の写真撮影を禁止するのは理解できるが、なぜに赤じゅうたんを撮影するのを拒否するのだろう。しかも、帰り時になって記者用プレスを発売した。前売りチケットと抱き合わせて。おいら、今見たばっかりなんですけど。。
主催者側は、試写会に集まる人間はサクラとみなしているのだろうか。もしそうだとしたら、映画に出演している役者たちはパンダであり、その周りに集まるプレス連中はルアーにだまされるブラックバスみたいなものだろう。
と考えるのならば、試写会というシステムはあまりに計算が見えすぎて、いやらしいものだ。
かつてテレビ局では物まね特番をしょっちゅうやっていた。物まねをされた本人が登場すると、真似た人が勝つというシステムになっていたが、それと同じ現象がここでも起こっている。というのも、どんな映画が駄作でも出演している役者がくれば、それなりに盛り上がるからだ。プレスも集まり、いい宣伝が出来る。流されてしまうのが大衆の悲しい性なのか・・・。
で、肝心の内容だが、ある芸者の生い立ちから旦那がつくまでの半生を描いた作品なのだが、永井荷風の小説をゆるく、もしくは甘くさせたストーリーである。『腕くらべ』という作品があるが、近いような気がする。もちろん、関連性はないが。雰囲気は似ているかなぁというぐらいである。それでも、甘いなぁというのが正直なところ。
映像が綺麗という前評判だったが、うーんとうなってしまう。それならば、『英雄(HERO)』という中国映画や北野武の「ドールズ」のほうが断然上である。落ち葉の一枚一枚にまで神経を行き届かせたようなこれらの作品の映像美は超えられるものもすくないだろうけど。ハリウッド映画の凋落は今に始まったわけではないけども、本格的になってきたのかもしれない。
出演している役者陣はどれもすばらしいが、きれいなアンサンブルを作るまでには行かなかった。名人だけを集めて作ったようなオーケストラを見ている気分。そういった中で、桃井かおりだけは抜群だと思う。コン・リーの妖艶さ・色気は「覇王別姫」の時と比べるとこちらは落ちてしまう。チャンツィーもそれはいえる。踊りのシーンではラバーズの方が迫力あったし。さりげない動作でも2046のような手足の先まで集中した演技を見ることは出来なかったし。
ただなんと言ってもラストサムライを見た時の違和感と同じものを感じたことだろう。自分が日本人であるがゆえに、感じてしまう違和感なのかそれともただずれているからなのか。。どちらにしても、なにか不完全燃焼になってしまっている。これが日本を前面に出すのではなく、どこか空想の国だったらまた違ったものになったのではないだろうか。日本を舞台にしてほとんど英語で通されてもねぇ。。結局そこかよ、っていう話なんだけども、そういう話なんです。
閑話休題。日本や中国でも最近は面白い、独創的な映画が増えてきている。ハリウッドで成功することだけが、映画の成功ではないだろうと思うのだけど、やはりそれは素人の考え方なのだろうか。ふしぎだ。
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